高校卒業後一年間浪人生活を送りますが、自分の将来をこのとき始めて考えたような気がします、父親の出来ないことをやろうとおもったのです、それは接客サービスでした。料理に付加価値をつけるサービスとは何か考えたのです。銀座三笠会館に入社して洋食のナイフ、フォーク、コーヒーポットやテーブルクロス、料理の脇役達との付き合いが始まりました、そして沢山の素晴らしい先輩に出会い職業意識と仕事の厳しさを教わります。タキシードを着て蝶ネクタイの配膳をしているとふと、お客様の前で料理が出来る鉄板焼ステーキのコックになることを決意します。

接客サービスを勉強していたころ。

 三笠会館を退社後一時、実家が経営していた、山形の結婚式場を手伝いますが、探していたコックの口が銀座で見つかり、あっさり3ヶ月で東京に戻り早速コックの仕事に熱中します。
一年後新規オープンのお店をやることになりチャンスをつかみますが、これまた大変なお店で朝、築地市場に行って仕入れしてランチが終わると仕込みをして、ディナータイムが終わると一段落、深夜12時を過ぎると銀座のクラブの女性がお客さんをつれていらっしゃる、オーダースップは午前2時、最後のお客様が帰られて閉店すると3時4時、多少の交代勤務はありましたが、仲間と帰りに一杯飲んで店を出ると銀座は出勤のサラリーマンでごった返してるなんてしょっちゅうでした。

 

コック時代

美味しいステーキをどうぞ!

 

 ちょうどこの頃結婚します、家庭には寝に帰るだけの様な生活が続くのに妻はよく我慢してくれたと思います。そんな事を経験してるうち、これ以上辛い仕事は無いので怖いもの無しになったような気がしました。

 そんなころ親父からの突然の電話、そう言えば結婚してからほとんど実家にもどらず無沙汰していたので実家の商売の成り行きはしらなかったから、なんだか大変なことになっていたようで、父「戻って来い」自分「ちょっと待ってください」それから一年で銀座のコックから、天麩羅屋の料理見習いになったわけです。