子供の頃・お店の前で
 浅草の天ぷら屋に生まれた私の父は、祖父に「職人には学歴はいらない」と、無理やり進学の夢を破られ、とても辛い思いをしたそうです。 それだけに私にはどうしても大学進学を望んでおり、私も父の考えを尊重したいと思いました。
そんな時、父は私にとても思い出に残る言葉をくれました。 1つの右ハンドルは家業を継ぐこと、もう1つの左ハンドルは大学進学。 右ハンドルを選んだ場合は、左ハンドルに戻ることができない。 しかし、逆のハンドルはいつでも右ハンドルに戻すことができる。 この言葉は父親としてのとても優しい愛情を感じました。 そして、私は、両親に一度も家業を継ぐように言われたことはありません。
私の家は3人家族で、店の奥が住居でした。扉一枚開ければ、 いつも両親が一生懸命働いていました。その両親を見ていて本当に有り難くいつか私も飲食店をやりたいと思っていました。 私がこの道を選んだ理由の一つとして、この環境がとても影響していると思います。

 

レストラン経営の歴史
1973年
 18才で父の家業の修業を始める
1974年
 串焼き・釜飯の店「麻鳥」オープン
1975年
 「シーフードレストラン月見草」浅草店移転・新規オープン(40席)
1985年
 「シーフードレストラン月見草」 雷門店オープン(52席)
1989年
 「シーフードレストラン月見草」浅草店クローズ
1989年
 「月見草」増改築(70席)
1993年
 炭火会席「蔵」オープン(68席)

 

左「蔵」・中央「麻鳥」・右「月見草」

 

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