私は昭和23年生まれです。
戦後間もなくで世の中はあまり豊かではなく踊りなどを 習おうなんていう人はそれほどいない時代でした。それでも私は浅草の浅草寺参道仲見世の扇子屋に生まれ、扇子に囲まれて育ちました。 仲見世はいつも人通りがあり、私の家族は店にかかりきりで、私は(というより浅草の子供たちはだれでも)親に遊んでもらえなかったのです。
でも、 私の家族は自分の休みに私を連れて行ってくれました。自分の休みというのは、お店にはほとんど休みの日がなかったので、 かわるがわる一人づつ休むということで、家族揃って休むという訳にはいかなかったのです。
祖母は歌舞伎や新派というお芝居に連れて行ってくれました。祖父は新国劇や女剣劇、 父は美術館やミュージカル、寄席、母は日本舞踊や長唄、清元等、邦楽を聞かせてもらっ たり呉服屋さんのウインドーショッピング等に連れて行ってもらいました。おまけに伯母は 茶道を教えていたため私も茶道を小学校2年の時から習わされたのです。
私は次第に華やかな舞台に引き込まれ、時代によって風俗や衣裳やデザインに違いがあることを楽しむようになりました。
小学校の時は、父の友人が毎日新聞の記者だったため、その影響で新聞記者になろうと思 っていたのですが、中学校に入る頃には父に連れて行ってもらっていた影響で落語家の道に進もうと思っていました。高校に入るとカメラに取りつかれカメラマンに憧れました。
それでもどこかで店を継がなければならないのだろうと漠然と考えていたので、大学受験の時は経済学部を受験しました。しかし見事に受験に失敗し浪人を覚悟していたとき、父が私に「大学生活は楽しめばいいじゃないか、お前の好きな写真でもやってみろよ、日大芸術学部ならまだ試験日はこれからだぞ」と言ってくれました。
人間は好きな事になら一生懸命になれるものです。私は誰にも負けないつもりで頑張りましたがどこか他の学生と違う写真を撮っていたようです。と言うのもそれまで見てきたも のが古典の世界であったり情緒の世界だったからでしょう。その頃の写真の世界は立木義 浩や篠山紀信のようなファッション写真といわれるものと、東松照明等社会派といわれる人たちに分かれていました。どちらにも属さない私の作風は友人たちにも賛否両論でした。 そんな時、奈良原一高というカメラマンの作品に出会い、この人の弟子になりたいと思いました。早速奈良原一高氏の事務所を訪ね「弟子にしてください」と言ったのですが。 氏は「僕は誰の弟子にもなったことがないし、弟子はとったこともないんです。やるなら 一人でやっていきなさい。」と言って私を弟子にするのを断りました。

私は才能というものを見せつけられた気持ちになり、その日の夕方近く、私の家に扇子を納めている職人さんの家へ行き弟子にしてもらいました。
父は「店を継ぐ人間が職人にならなくてもいい」と言って弟子入りに反対しましたが、私の決心はかわらず、大学に通いながら職場通いする毎日が続きました。 私は午前中や午後も授業のある時は仕事場へ行けないため、親方や兄弟子たちに迷惑が掛かるので、他の兄弟子たちよりこまめに掃除をしたり休憩時間も早めに切り上げて道具を揃えたりするようにしました。
普通扇職人というのは十年で独立させてもらえても、簡単な「ぼかしの扇子」くらいしかでき
ないのです。
扇子作りというのは東京の場合、柄付けの人と仕立ての人に分かれます。ちなみに京都の場合は柄付けの人、地紙を折る人、扇骨を刺す人など、大変多くの人によって作られます。私の親方も仕立てだけの親方で柄付け はぼかしや型で刷るくらいでした。私は仕立てだけでは何か物足りなくなり、絵を書いたり 箔を押したり砂子を振ったり、色々やってみたかったのですが親方の柄付けやさんには弟子入りしにくく、他に知り合いもいなかったので柄付けは独学で覚えました。
私が子供の頃見てきた舞台やデザインや色彩感覚などが本当に役に立っていると感じたのはこの頃です。


 坂東玉三郎丈という人は色彩的にもデザイン感覚のうえでも素晴らしい感性を持っている人です。もう、かれこれ二十年仕事をさせて頂いておりますが、今だにこうしろだの、ああしろという細かい注文はつけられたことがありません。 それだけに納品当日は緊張します。

今私はつくづく思っています、小さい頃から何気なく見てきたものが自然と自分のものに なっていたとは云え、好きなことなら本気になれるし徹底できるんですよね。だから本当に好きなことに出会うことが大切なんです。
しかし、実際には本当に好きなことがわからないという人が大変多いと思います。私も色々な事に興味を持ち色々なものにチャレンジしてきました。そして色々なものに挑戦していくうちに本気になれるものに出会うのです。
それが見つかったらもう迷わないことです。そしてその道の一番になろうと努力することです。その信念さえ持てばきっと一番になれます。
夢は大きく持って実現することだと思います。
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