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私は才能というものを見せつけられた気持ちになり、その日の夕方近く、私の家に扇子を納めている職人さんの家へ行き弟子にしてもらいました。
父は「店を継ぐ人間が職人にならなくてもいい」と言って弟子入りに反対しましたが、私の決心はかわらず、大学に通いながら職場通いする毎日が続きました。
私は午前中や午後も授業のある時は仕事場へ行けないため、親方や兄弟子たちに迷惑が掛かるので、他の兄弟子たちよりこまめに掃除をしたり休憩時間も早めに切り上げて道具を揃えたりするようにしました。
普通扇職人というのは十年で独立させてもらえても、簡単な「ぼかしの扇子」くらいしかできないのです。
扇子作りというのは東京の場合、柄付けの人と仕立ての人に分かれます。ちなみに京都の場合は柄付けの人、地紙を折る人、扇骨を刺す人など、大変多くの人によって作られます。私の親方も仕立てだけの親方で柄付け
はぼかしや型で刷るくらいでした。私は仕立てだけでは何か物足りなくなり、絵を書いたり 箔を押したり砂子を振ったり、色々やってみたかったのですが親方の柄付けやさんには弟子入りしにくく、他に知り合いもいなかったので柄付けは独学で覚えました。
私が子供の頃見てきた舞台やデザインや色彩感覚などが本当に役に立っていると感じたのはこの頃です。
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