開業後は安くて美味しいらーめんという味でかなり繁盛しました。
開業半年後には、 毎日の睡眠が2〜3時間のうえ、立ちっぱなしの仕事で20キロ近く痩せて倒れたりしました(もともと太り過ぎだったかもしれませんが)。しかし、順調にお客様も増え3〜4年後には5軒の店を持つようになりましたが、少しでも時間ができると、らーめんの研究のために、食べ歩きに出ていました。当時札幌らーめんから九州らーめんが流行し、とんこつらーめん 喜多方らーめん・旭川らーめんなど地方色豊ならーめんが東京に流れ込んできました。
 しかし、私はいろんならーめんを食べれば食べるほど思い出すのが小さい頃家のとなりの店で食べた "あのらーめん"でした。こうなったらもう止まりません。 どのようにしたら"あのらーめん"を作れるのか?店の閉店後、毎日のように実験しいろいろ工夫しながら "あのらーめん"を完成したいという一心でした、
そんな時生まれ育った地元浅草であのらーめんを再現 するチャンスがやってきました。いよいよ、本当の自分の夢をかなえられる時がやってきたと思いました。 それまでのお店は、店長さんたちを独立させたり完全にまかせたりして"あのらーめん"を提供するお店に自分の時間を最大限に使えるようにしました。
しかし"あのらーめん"は難題でした。
お店の前の行列
私が小さい頃食べた"あのらーめん"は日本そば屋さんのらーめんだったので、かつお節が入り煮干の香りのするらーめんだったのです。さすがの中華料理店の社長からもアドバイスは受けられませんでした。 でも、何とか自分の舌に残っているあの時に近いものを提供することができるようになりました。 当然のことながらお客様にお出しする食べものですから自分を含めスタッフもそのらーめんを毎日 食べていましたがだんだんともっと美味しくする方法があるのではないかと思うように なりました。
らーめんという食べものは、麺とスープそれぞれの味自体と互いの相性から生まれる食べものです。 スープの醤油ダレは、醤油メーカーの研究員の方、麺の味・食感は製粉メーカーの方とスープの材料は 肉屋さんや鶏肉屋さんとそれぞれの専門の方に疑問をなげかけアドバイスを受けながら毎年、少しずつ味を変えてきました。 そして、自分なりにさらに美味しくなったと思うと共に新しいお客様も増えていくのです。

 世の中には、いろいろな物(食べもの・電気製品・食器・洋服...)がありますが お客様の目の前で作って、それをその場で提供しそのよしあし(うまい・まずい)の反応を見られる仕事っていうのはそんなにないと思います。
私たちの仕事は、まさしくこの仕事です。そして、毎日同じように作っていても麺はその日の 温度や湿度によってでき上がりも違ってきますし、それによってゆでる時間も変わってきます。 スープも火加減によって味が変わってくるのです。ですから気を抜くことができません。 真剣勝負なのです。そして、自分たちのやり方ひとつでその味など変えることもできます。 "この方はお年寄だから多少やわらかめにゆでる"とか"この常連さんは味の濃いのが好みなのでタレを多めに入れる"とか、これらの事もお客様の顔を見て作れるからできるのです。 こういうことが私たちの仕事の大変さであり又、楽しみなのです。
おまちどうさま!

 

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