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その後はすっかり自信がつき、前進あるのみという感じで、営業マンとしての受注実績も先輩達には負けていないと確信していましたので、自分の可能性についてよく考えるようになりました。
いずれは町の為に働こうと当たり前のようにおもっていたこと、もともと私は一生サラリーマンでいたいとは思っていなかったこと。そして、私自身、浅草という地域社会が何よりも好きであったこと。また、父が地方議員・現在衆議院議員として、父の背中を見ながら育ったことがあいまってか、議員になりたい気持ちが大きく膨らんできました。
そんなとき、父や母にはよく冗談ぽく「次回の区議会の選挙にでようかなー」と親の考えを探ってみたところ、間髪入れず「冗談じゃない」という答えが返ってきました。
その時、私は密かに絶対に、選挙には出ようと思っていましたし、これからはそれを目標に行動をしようと思っていました。
しかし、私は社会人としてまだまだ新米であることを自覚していましたので、とにかく世話になった会社や上司に対して恩返しをする意味でも、惜しまれて退社するようにならなければと思っていました。又、会社を退社する時期を想定し、この1年間でもっと仕事ができるようにならなければ、議員になれたとしても人のためにならないであろうと、いつも思っていましたので必死に会社の仕事に打ち込めました。
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