
問題に答えて正解をクリックすると次に進めるよ!
![]()
私は昭和42年に東京の下町で、ひいお爺さんの代から続いている、かざり職人の家に生まれました。私が生まれた時はもうひいお爺さんはいませんでしたが、父親の話によると昔はお弟子さんも何人かいて、にぎやかな仕事場だったそうです。そして、その当時はかんざしだけでなく、時代に応じて色んな品物を作っていた事を聞きました。
| 私が生まれたのは東京のどこ? 下 町 山の手 |


たんすの飾り金具
![]()
私が20歳の頃、家を建て直してしまったのですが、昔の家には広い庭があり、木や草花がたくさん植えてありました。お爺さんが動物を飼うのが好きで、犬・鳥・魚などの色んな動植物に囲まれて私は育ってきました。休みの日には父親がよく高尾山に連れて行ってくれて、色んな昆虫を見たり採ってきたりもしました。海に行けば磯辺でカニなどの小さな生き物たちと遊んだ思い出があります。そしていつの頃からか自然と私も色んな生き物が好きになっていき、小学生の頃はカエル・ザリガニ・カタツムリ・カメ・ゲンゴロウ・カブトムシ・カマキリ...など、あげればきりがないくらいの生き物を飼っては観察して「なんて不思議な色や形をしているんだろう?!」と感心する日々でした。
| 私が親とよく行った山の名前は? 富士山 高尾山 |

お爺さんと私/庭の写真
![]()
高校を卒業する頃私は自分がどんな仕事をすればいいのか正直まだ分かりませんでした。家の仕事もその時は「あんな細かい仕事はやりたくないな...」
と思っていたのですが、小さい頃から父親の姿を見てきた事もあって、絵を描いたりモノを作ったりする事は好きだったので、父親にお願いして絵を勉強する専門学校へ入学させてもらいました。専門学校で絵の勉強はそれなりにやってきましたが、そこで知り合った仲間達と学校が終わってから色んな雑貨屋・本屋・ギャラリー等をブラブラ歩き回った事もすごく刺激になったと思います。研修旅行ではニューヨークにも行きました。生まれて初めての海外は私にとって夢のような世界でした。
| 私が行った研修旅行の場所は? ハワイ ニューヨーク |

ニューヨークにて/遊びで作ったロボット
![]()
専門学校を卒業して広告代理店へ入社しました。そこはポスターやチラシなどを作る会社で、主にパソコンを使って色んな図形を画く仕事をしていました。その当時の私はポスター等を作るデザイナーになろうとがんばっていました。しかし勤めてから5年くらいした時、以前から病気で寝たきりになっていた私のお爺さんがとうとう亡くなってしまいました。お爺さんの死は私の人生において大きな分岐点になりました。「この先、父親も居なくなってしまったら三代も受け継いできた家の仕事が絶えてしまう!」そんな思いを持ち始めたのです。「今自分がやっている職業は大勢の人がやっているけど、自分の家の仕事は世の中でも数少ない貴重な職業なのではないかな?」と思ったのです。そんな出来事があり、私も父親の後を継ぎ、かざり職人の四代目になろうと思った時でした。
| 私の父は、かざり職人何代目? 三代目 四代目 |

父の写真
![]()
前の会社を辞めて、いよいよ家で修行をはじめようと思っていたのですが、かんざしの事はまだ何も分かりません。そこで古くからお付き合いのある、髪飾りを扱う会社の社長さんが「いきなり家で仕事を覚える前に、かんざしがどうやって売れていくのか、どんな人がかんざしを使うのか、まずうちの会社に入って色々勉強した方がいいのでは?」と言ってくれました。それからその会社に入り、家で作った品物がどうやって使う人の手に渡っていくのか、そう言った世の中の仕組みを学びました。そして会社に通いながら少しづつ家の仕事も手伝うようになりました。
| いま、何問目? 6問目 5問目 |

仕事風景
![]()
私がこの仕事につくまでにずいぶん時間はかかったのですが、今思えば、その経験がみんな今の仕事に役立っているんだなと思います。小さい頃から生き物が好きだったこと、学校で習った絵の勉強、会社でパソコンを使って図形を画いていたこと、その経験は決して遠回りではなかったんだと感じています。
| 私が経験してきた事は遠回りだった? は い いいえ |

父と私
![]()
かんざしの図柄には色んな植物・動物・風景などが使われています。小さなかんざしの上に虫が飛んでいたり、花が咲いていたりしてます。作っていてとても楽しい気持ちになり、夢がある仕事だと思います。職人として勉強することは、まだまだたくさんありますが、これからはかんざしだけでなく、子供の頃から好きだった色んな動植物をモチーフにして”自分らしさ”のある、飾り物を作っていくことが今の私の夢です。
| 私がモチーフにしていきたい物は? 動物園 動植物 |

花かご/蝶の標本
![]()
昔に比べると着物を着る人はめっきり少なくなり、髪を結う人もあまり見なくなりました。そのため、うちで作ったかんざしは、テレビや劇場でのお芝居や日本舞踊に使われている物がほとんどです。いずれは日本人の文化であるかんざしを付ける風習も一部の人だけになってしまうかもしれません。これからもかんざしだけでなく、伝統がある文化をみんなで守っていき、日本人ならではの”おしゃれ”を伝えていってもらいたいですね。
| 全問正解できたかな? は い いいえ |
このページは三浦孝之が制作しました
無断で絵や写真・文章などのコピーをしないで下さい
kazari@yumeshigoto.gr.jp