飲食店の最初のページへもどる・自分の歩んだ道・仕事について将来のこと

私が生まれた当時、神谷家(父の姉や兄)には後継者となる男の子はおらず、男は私一人だけという状況でした。ですから、いずれは神谷の跡取り息子として、店に入るのだろうなとなんとなく感じていました。 生まれた土地は東京の目黒区で、お店のある浅草には住んではいなかったので、「自分の家がお店を経営している」という感覚はなく、毎朝自宅から浅草のお店に仕事に行く父のことを、「会社まで通勤するサラリーマン」みたいに思っていました。

なんとなくですが、将来はお店を継ぐようになるのかな?と感じていました。でも、中学2年のある時に、それをもう少し具体的に表現をする機会がありました。ホームルームの時間に3分間スピーチをしなくてはならないときがあり、そのとき何故か私はクラスみんなの前で自分は将来、父の店で父の仕事の手伝いをしたいと発表しました。今もって、何故その時にそんなことを話したのかは分かりません。でも、もしかするとその時に初めて「自分の仕事を意識した」のかも知れません。

大学を卒業し、会社に入り、サラリーマンになりました。 学生時代とはちがって、たくさん社会勉強をした時期でした。 例えば、礼儀作法、言葉遣い、話し方、などをはじめとした人との接し方、そして仕事をしてお金をもらうことの大変さなどです。 サラリーマンになってすぐに、突然父が体調を崩し入院しました。 当時、父の親せきに誰一人として店を手伝ってもらえる人はおらず、バブルの絶頂期だったことも重なり、店は大忙し! 父が回復したものの、お店はどんどん忙しくなるばかりでした。 そんな時、お店に遊びに行く機会があり、店の様子を目の当たりにした私は 「やっぱり、私が父の仕事の手伝いをするべきだろう」と思いました。その後26歳の時に会社を退社し、お店の経営に関わることにしました。 サラリーマンだったころとはまったく逆の立場になったことで、またいろいろな経験をしています。9年経った今でも毎日が勉強です。決して、「これだけやれば大丈夫」ということはありません。でもそれが仕事のおもしろさでもあります。 そして、これからも経営者の一人としてそして、社会の一員としてたくさんの経験や勉強をしていくのだろうなと思っています。

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